復元「ナオミの家」
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■文豪 谷崎 潤一郎 鎖瀾閣復元プロジェクトのお知らせ
 平成21年7月7日の朝日・日経各紙新聞、およびNHKのニュースで報道されましたように、神戸市の梅林公園に復元を目指していた「ナオミの家」「
鎖瀾閣」の工事が、近隣の一部の方から『住宅地に有名な建築物など不要ではないか・・』という声がでました。
これにより当初は土地を提供しましょうと積極的に動いてくださっていた神戸市からも、住民の声を無視できないとのことで計画地での復元は断念すよう要請が入りました。
 文学を愛する人と、物見胡散の観光客と混同しているように思えますが、市の決定には従わざるを得ません。谷崎が愛した岡本、そして海の見える丘、望ましい条件のハードルは高いですが、土地を提供してくださる篤志家が現れることを望んでおります。
 今後もこのプロジェクトは、
たつみ都志先生を筆頭に実現に向け邁進努力していく所存です。皆様方のご支援のほどよろしくお願い申し上げます。
●関連記事・・・朝日新聞(7/7) 週刊新潮(7月23日号)

平成21年9月2日 則岡 宏牟



大正2年当時の
谷崎潤一郎



「痴人の愛」のモデル
妻千代の妹、せい子
谷崎 潤一郎と鎖瀾閣

1926年10月 関東大震災を逃れ現・兵庫県神戸市東灘区に谷崎が移り住んだ「痴人の愛」執筆の舞台となる『ナオミの家』(主人公の名前にちなんで名付けられた)をこのたび解体し、部材を保存し移築を決定。

その後、谷崎自身が設計し建設した家で「卍」・「蓼喰ふ虫」を執筆した『鎖瀾閣』(鶴唳かくれいに登場する中国風の家から名付けられた)は、1995年阪神大震災で全壊。谷崎氏から買い取った所有者が建物内の写真を多く残しており、これらを元に設計図を作り復元を決定。

阪神間が気に入り21年間住み、無類の引越し魔でその間13回も転居を繰り返した。13戸の家のうち、1戸を除いてすべて借家住まいでした。鎖瀾閣は唯一彼の持ち家でした。

1886年東京生まれ
明治後期から戦後にかけて活動した小説家。その作風は耽美主義とされ、多くの秀作を残した文豪。府立第一中学校(現日比谷高校)、旧制第一高等学校卒業、東京帝大 (現東京大学)国文学科入学
明治43年に小山内薫らと第二次「新思潮」をおこし、「刺青」などを発表
代表作には
刺青
痴人の愛

蓼喰ふ虫
細雪

春琴抄
瘋癲老人日記
文章読本
陰翳禮讚
現代語訳『源氏物語』
二人の稚児 などがあります。
昭和24年文化勲章を受賞、昭和40年死去